まだまだ続くデバッガー日記。
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9月10日
デバッグはまだ続いている。このころになると、一日平均17時間労働である。金曜日には家に「出掛け」、土曜日にまた会社に「戻って」くる生活が続く。それ以外の日は実質21時間労働だ。
しかし、俺のデバッグの能力は一向に衰えることがなかった。「まっつぁんに出せないバグはない」とまで言われたほどだ。俺が見つけなかったバグをプログラマーが先に見つけたとき、「いやー、まっつぁんに勝ちましたよぉ」と嬉しそうに言われたものである。
この頃になるとバランスこそ取れていないものの、ほぼ完全に通しプレイが出来るようになっていた。そこで、ゲームそのものを分析してみることにした。
まず、音楽がよくない。容量をケチり過ぎている。また、グラフィックもかなりしょぼい。キャラデザが激怒しているという。肝心のシナリオだが、なんかこう、全体にのんびりした印象しかない。「征服しにきている」ということを忘れてんじゃねーのか、と思うくらい、敵の戦略に整合性がない。主人公が大暴れしてるんだから、敵から直接的なアプローチがあってもいいと思ったりするのだが。
ただ、会話はさすがに本業の人が作ったとあって、かなり楽しめる。「はい/いいえ」への対応も考えられており、お姫様との会話では、全部の「はい/いいえ」を試すはずである。
そこで、俺は全てを監修しているKという有名な人に意見状を出した。「Kさんの世界を味わってもらえるようにするために、今後は徹底的に会話を楽しませるRPGを作ったほうがよい」というような内容だったが、届く前に揉み消されたようだ。
もちろん、彼らは理想を追求するために作っているし、下っ端がぐだぐだ言ったところで聞くはずはないと思う。ただひとつ、「やりたいこと」と「できること」、さらには「彼らの能力が最大限活かされること」の見切りをしっかりつけてもらいたいものである。
ところで、実はイベントの数がすでにある分の10倍も存在していたことが判明した。グラフィックもまた然りだという。(使われなかったイベントが山ほどあるわけだ)。ようするに、誰もゲームの事を知らないで作っていたわけだ。かっこいいね。
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9月下旬
策士がやめることになった。
ほんのお手伝いということで来たのに、時給700円で1日15時間も働かされ(働かせたのは俺だ)、シタッパーズと交互に泊まらされ、いやになったという。
「最初、時給の話を聞いた時点で断われば良かったんですけど、人の紹介で来たわけだし、迷惑を掛けちゃあ悪いと思って」
うぅむ、礼節を知る男である。しかし、そうとも知らずこき使ってしまって悪かった。さらば、策士よ。今度来るときは、時給交渉はしておけよ。
さて、メーカーに提出するためのサンプルバージョンの戦闘バランスを取ることになった。これは、極めて普通の状態でゲームを進めていき、弱いと思う敵は、素早さを上げてうっとうしい奴にしたり、固すぎるやつは、こっちが受けるダメージを低めに設定して、弱点を用意したりする作業である。
特にボス戦には気を使った。このゲームは数多くの特殊攻撃が存在しているのだが、これの計算式がおかしく、ボスに完勝してしまうことがままあったからである。結局、ボスにはほとんどの特殊攻撃が効かないようにされたため、それらはかなり存在価値の薄いものになってしまったが。まぁ、作ったスタッフがRPGに慣れていなくて、こういう事態が起こるのを予期できなかったとは思う。だが、これを買う人のことも考えろといいたくなる。
ところで、俺は「一歩歩いてすぐセーブ」する必要があるほど、敵が強いパソコンRPGが大好きだ。そこで、このRPGもそういうバランス調整を目指してみた。しかし、自分が持てるすべての能力を使いこなせば、たとえレベルが低くても、進めるように心がけた。現状を把握し、創意工夫する。これがゲーム本来の楽しみ方だというポリシーを持っているからである。
だが、メーカーからの返事はこうだった。
「ウチではこの商品は子供向けという認識で捉えている。そのため、このようにすべてを使いこなせないと先に進めないようなゲームは困る」
おぉ、これがかの有名なNチェックか! それはさておき、また、バランス取り直しですか。貫徹3日の努力は軽く飛びである。
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10月上旬
テストプレイヤーが大量に雇われて、最終的な仕上げ段階に入ってきた。
ウチの会社には彼らを働かす場所がないので、クライアントが入っている新宿の高層ビルの、奥行きが25メートルもあろうかという、空き部屋の片隅を間借りして行うことになった。
俺も、そこでデバッグすることになった。
だが、なぜかクライアントの担当部長は俺を無視し続けた。
会釈どころか、俺と目線すら合わせようとしなかった。
後で知ったのだが、ウチの会社とクライアントは、法廷闘争になる直前まで関係が悪化していたらしい。だから、担当は、単なるバイトデバッガーである俺を、ウチの会社の社員と解釈して、冷淡な態度を取っていたようだ。ちなみに、その態度は、アートディレクターが担当に事情を説明するまで続いたものである。
さて、当初、テストプレイヤーへの報酬は「小僧寿司で寿司をおごる」だけだったらしい。が、テストプレイヤーのしごく当然の要求により、クライアントとシナリオ担当会社から時給五百円が支払われることになった。
ウチの会社は全く金を出せない状態だったらしい。
開発期間が大幅に伸び(この間の金はクライアントは出していないので赤字だろう)、さらには超高給取りの俺がいたためである(ほんとかよ)。
確かに月37万貰うデバッガーはそうはいないと思うが、固定給スタッフから随分恨まれていたらしい。
だが忘れるな、俺の時給を、そして、月517時間という労働時間を。
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10月上旬・2
再びバランス調整が行なわれることになった。
しかし、俺が調整するとまずいと判断したらしく(薄いストーリー性をせめてゲーム部分でカバーしようという心配りだったのだが、どうやらだれも理解しなかったようだ)、営業部長がやることになった。
はっきり言ってめちゃ甘いゲームバランスである。
確かにこれならさくさく進むけど、こんなに遊べる部分がないゲームでいいのか?
「いやあ、このゲームはほかのRPGと比べても全然良いっスよ」
担当部長が独特の口調で俺達の同意を得ようとしていたが、どこらへんが他のRPGよりいいのか、きちんと説明しなさい。
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10月上旬・3
このころになると、ディレクターは全く職場に姿を現わさなくなった。
後はデバッガーに任せて、私達は2年間の疲れを取りましょうみたいな態度が見えて、不愉快な気持ちになったものである。
で、今やってる仕事があまりにも単調で精神がぶっちぎれてきたため、ナルシストOと共に仕様を勝手に変え、メッセージを変更し、隠れキャラまでぶちこんだ。
ラスボスの攻撃を持つ雑魚キャラ、である。
世界観?知らないね、そんなものは。
精神生命体のラスボスに毒や素手なぐりがなぜ効く?
俺は好きだが、いっくら何でもまずいだろうが。ラスボスくらい、きちんと調整しようぜ。
さて、精神がぶっちぎれる作業とはこれだ。
世界マップの全ての場所を一歩ずつ歩いて、地形のアトリビュート(当たり判定)および戦闘時のBGが地形と同じがどうか調べるという、それはそれは単調な作業だ。しかも滅茶苦茶ポイントが多く(その数何と250000!)、テストプレイヤー全員で行っているため、作業場全体の雰囲気が暗く落ち込んでいるからである。
専用ツールを作れば解決するのだろうが、プログラマーもほとんど来なくなっていた。どうしようもないため、ナルシストOがプログラムを肩代わりしていた。
Oの怒りもまたすさまじい。
Oは、月に400時間働いたが、10万しか貰えなかった。
時給にして250円!あの、GS美神の横島君より安い。
Oはこのプロジェクトが終わるといつのまにか辞めてしまっていた。
が、辞める前に取締役と「10時間話したい」と言って12時間ほど話したそうだ。よっぽどうらみつらみが積もっていたに違いない。
ちなみに、250000ポイントのうち、たった一個だけミスが見つかり、作業場は大歓喜した。
だが、そこが直された記憶はない。
レ、ミゼラブル!
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10月下旬
ついにマスターアップの日がやってきた。
マスターアップの度重なる延期に誰も彼も疲れはてていたが、今日こそ最後!という気合いだけが皆を動かしていた。
「じゃ、まっつぁん、これを提出するから、最後まで動くかどうか確認してみて」
ということで、俺が通しプレイをすることになった。
5時間経過。
もう何百回も通ったお馴染みの道を通り、中盤に通り過ぎようとしていたときである。
ジュースでも飲んで一息つこうと、椅子から立ち上がったその瞬間。
なぜかいすにスーファミのコードが引っ掛かっており、本体が床に激しく叩きつけられたのである。
俺は激しく動揺した。
なんもないだろうと思ってセーブなんぞしていなかったからである。
「いやー、済まんス。もう一回最初っからになっちゃいました」
営業部長にそう言うと、もう一度序盤からやり直すことにした。
3時間後。
ジュースを買っていなかったことに気付いて、いすを引いて立ち上がり、一歩歩いたその瞬間。
電源コードの位置が先程の落下で普段とずれており、今度はそこに足を引っ掛けてしまったのだ。
スーファミ、再び落下・・・。
「まっちゃ~ん」
営業部長やアートディレクターの冷たい視線にもめげず、笑ってごまかすと、三度最初っからプレイである。
「終わったーっ」
ラスボスを裏技を使って倒し、さあこれを提出だという運びになった。……のだが、ここで事件が起こる。
クライアントのお抱えデバッガーで、古いバージョンのロムでもエンディングまで行かないと新しいヴァージョンではプレイしないため、いつも古いデバッグシートを提出して俺達を苦しめぬいた通称「マッキー」が、マスター提出直前に世にも恐ろしいバグを発見したのだ。
彼は俺達に申し訳なさそうなツラをしながら、「俺が発見したんだぜ、どーだ、へへ」という自信に満ちた挙動で俺達にそのバグを披露した。
そのバグとはこうだ。FFでいうところのアビリティポイントを極限までためず、レベルアップしないように進むと、NPCが仲間になったところで、そいつの所持アビリティ表示がぶっこわれるという怪奇現象である。
スタッフは頭を抱えた。
何しろ、プログラムレベルで修正できる人間が誰一人としていないからである。
「仕方がない。絶対レベルアップするように、序盤のボスにアビリティポイントを多めに割り振ろう」
ナルシストOが最初の中ボスに約3倍ものアビリティポイントを追加。時間も押し迫ってきていたため、そこで調整を打ち切ってしまうことにした。
「ま、しょうがないよ。他に直しようもないし」
俺のからんだゲームで未調整部分が残るとは・・・。無念である。
さて、マスターアップ後、打ち上げが行われた。
アートディレクターのKは、半泣きが入った状態で俺に絡んできた。
「君に言ってもしょうがないけど、(かかったお金が?)1千万だよ、1千万!ウチがこんなに苦労してんのに、なんでこうなっちゃったのかなあ」
話によると、Kがアートディレクターになったのは、グラフィックを監修する人間がだれもいなかったからなのだと言う。
だから、橋渡し役に過ぎなかった彼が担当になるまで、誰もチェックすることなく、グラフィックが作成され続けた訳だ。
めちゃくちゃだよな、このゲーム。
さて、ここで全ての作業終わったと思っていた。……のだが、それはウチの会社でやるのが終わったというだけで、実はまだ全然終わっていなかった。というのも、あまりのつまらない出来映えに、N社から受け取りを拒否されているらしい。
もともと、現バージョンの10倍の規模があったゲームだったそうだし、上位機種で発売すべく、作りなおしているのかもしれない。
会社を辞め、シナリオを作ったところと契約を結んだナルシストOだが、彼と電話で話したことがある人間の話によると、どうやらものすごく忙しいらしい。
近頃はいつ電話を掛けても出ない状況のようで、「ゲーム制作が終わっていない」という推測はそこいらからである。
もう企画がたってから4年が過ぎようとしているゲーム。
「船頭多くして舟、山を登る」の意味がはっきり判るゲーム。
いやあ、ゲームって本当に面白いですよね、特に人間模様が。
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デバッガー時代の日記が出てきました。
デバッガー時代の日記が出てきました・その2