過去のデバッガー日記、続き。
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1996年8月上旬・2
プロジェクトの主要メンバーが、フィールド関係をプログラミングしている会社に集団移動した。集団移動というより、押しかけたといったほうが正しい。プログラマーHのあまりの仕事の遅さに業を煮やしたからである。
一駅離れたその会社に行ってみた。12畳ほどのマンションの一室に14人がひしめいており、テレビやらパソコンやらがトーテムポールを形成していた。地震が来たら10HIT即死級コンボは間違いない。
企画志望のデバッガーズ(別名シタッパーズ)は、トイレの前のスペースに直に座り込んでワープロ打ちなんかをやっていた。宝箱の配置とか、そんなやつである。一応企画っぽいことをやっているのだが、やっぱり無給のままであった。ちなみに、俺はそこには行かずひたすらデバッグである。
このころには家に帰る時間もなくなってきたので、会社に1週間泊まり込んでいた。風呂は近所の銭湯、洗濯はコインランドリー、コンビニの白飯と納豆とあさり汁で3食を済ます。
「毎日3食同じでよく飽きないね」と食うたびに言われたが、何を言ってるか、である。俺は、バイト先の立食いそば屋で2年間そばとうどんとカレーだけで生きていたのだ。しかも、働いている時間内にしか食えないから、一時間の休憩中に一日分食った。休みの日は、前日に食いダメ&持ち帰りである。それから考えれば、納豆という日本料理の最高峰を毎日食えるのだから、贅沢すぎだろう。
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関係者がこの一文を読むと、どこのことだかすぐにわかるよねー。
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8月上旬・3
シタッパーズの一人が別プロジェクトに移動した。企画としてではなく、Macが使えるからという理由で、グラフィッカーとしてである。人生なんてそんなもんだ考えようによっちゃあ、グラフィックも書ける企画になれるかも知れないから、ポイント高いぞ。
ところで、このRPG、内容は平凡以下だが、ここに至る経緯、作っている体制はかなり複雑で、ゲームの百倍はドラマチックと言っていいだろう。この現状をゲームにしたほうが売れるんじゃないか?
さて、仕事のほうだが、ステータス優先順位の設定を始めた。たとえばファイナルファンタジーで、目が見えない状態でなおかつ混乱している、なんていう状態がある。そういう全ての組み合わせが設定通りに動いているのか、表示されているのかどうかチェックするのだ。ステータスが40種類ほどあるので、組み合わせはなんと1600以上。こういうのは普通、何人も人を雇って調べる。が、大幅に開発期間が延びており、経費削減のため二人しかデバッガーがいないのだ。大変に素敵な状況である。
作業は、はっきりいって手ごわい。まず、敵のステータス関連攻撃を喰らうまでガードし続ける。ステータス異常になったら、それが続いている間に、別のステータス異常の攻撃を喰らうわけだ。戦闘では敵は選べるのだが、やってくる攻撃までは指定できないので、結構大変である。ステータス異常攻撃を受けた直後に、以前のステータス異常が回復してしまうなんてこともざらにあったのだ。
なかでも、「”混乱”に何かをかける」のには参った。
混乱するとキャラクターを操作できなくなるため、攻撃してもらうモンスターを殺してしまうことが非常に多くなるからだった。レベルを下げると、今度はモンスターに殺されてしまったりして、微妙な調整に苦労したものである。
さらに、確認のため、五回くらい同じことを繰り返さなければならない。かように素晴しい作業なので、とにかく時間がかかる。俺は給料が出ているので別になんでもなかったが、さすがにシタッパーはかなりやる気を失っていた。
だが、こういう時期だし、一日ごとに泊まってもらう。それが仕事ってもんだ。
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これ、ちなみに、回復率80%のステータスは、ちゃんと80%くらいの割合で回復してました。ランダムはちゃんと動いていたんやねえ。
ゲーム製作現場はドラマチックだったけど、下手すると訴訟モンだったしねー。いやはや何とも。
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8月中旬
レベルアップまでの経験値を決定するため、FFの経験値を調べることになった。
ゲームを最初からやる訳にも行かないし、攻略本には載っていなかったので、X-TERMINATORサスケを使うことにした。いわゆるスーファミソフト改造ツールである。
「次のレベルアップまで」の経験値をサスケで打ち込み、経験値を調べる。……のだが、さすがに俺もこのときには、なんてローテクな会社なんだろうと思ったものである。ま、だからこそ、俺みたいなデバッガーが必要なんだろうが。
なんでFFかと思っていたら、Oが、これを参考にしてゲームを作ったんだと自虐気味に言っていた。
戦闘の計算式なんぞは、プログラムを解析してそのまんま使っているそうだ。
解析して作った割には、全然面白くないし、有効に動いてないし。
ついでに経験値も解析しときゃよかったのに。
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普通はデバッグ用の環境を作って調べるんだけどね。おかげでデバッグ能力は高くなりましたよ。
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8月下旬
新しいデバッガーがやってきた。以前はヒューマンとエニックスでデバッグをしていて、今回はシタッパーの紹介でここにきたそうである。
話をしてみたが、なかなか頭の切れるにーちゃんなので、策士と呼ぶことにした。
さて、策士はファイヤープロレスリングシリーズのデバッグをしていたという。あのシリーズには致命的なバグが当初からあり、それを直さないで、いつまでも同じプログラムでゲームを作っているそうだ。そのため、ユーザーから「俺の時間を返せ」とか「ヒューマン、貴様を許さない」という心のこもったメッセージがよく届くそうである。
ところで策士がやってきたのは、ディレクターDが間違った組み合わせ設定で、俺達にステータス優先順位を調べさせていたためだ。つまり、全て最初から調べ直しになってしまったからなのである。
こーゆーミスが積み重なって発売延期になるに違いない。
で、Dが新しく作ったステータスの優先順位表そのものをデバッグしてみた。
机上デバッグといって結構重要な作業であるが、基本的なミスをしているところがあったので、校正してDに手渡した。
「あ、なるほど、こういう考え方もあったのね。ふーん。でも、こういうことができるデバッガーって貴重なのよね。ありがと」
ストーリーの世界ではこんな些細なことから愛だの恋だのに変化・発展していったりするわけだが、俺達にそんな展開は絶対にありえないし、そうなることも望んでいない。
俺は、ゲームが恋人であり、完成度の高いゲームを作ることだけが生き甲斐である。
友人いわく、「前はアテナが最高だとか言ってたじゃねえか」
うるさい。名字が那須だからといってそれに引っ掛けて看護婦になった妹がいるヒトに言われたくない。
書き忘れていたが、策士はコナミが発売している「必殺」というコントローラーを愛用している。これは、コマンドを憶えさせておき、あとは自動的にそのコマンドを実行してくれるという「RPG夜寝てる間にレベルアップ」という代物である。
俺も気に入ってしまい、速攻ゲットした。
別にレベルアップさせるわけではないが、一定のことを繰り返すデバッグにはもってこいのアイテムと言えよう。
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必殺は不具合いっぱい見つけてくれたなあ。フリーズバグを100%再現してくれるのはありがたかったねー。
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デバッガー時代の日記が出てきました。