「全ファミ。」ブログ編

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色眼鏡や先入観をゲームプレイに生かす

 西村京太郎の「一千万人誘拐計画」に、東京都民一千万人を誘拐したと主張する男の話が出てくる。彼の言い分はこうだ。『誘拐とは、「欺罔または誘惑を手段として、人を従来の保護されていた状態から自己または第三者の実力的支配下に移すこと」。これが定義である。すなわち、さらったり監禁ばかりが誘拐の方法ではない。ある人間により、おのれの生殺与奪の権限が握られた時、その者は誘拐されたことになるのだ。そして、私は一千万人の生殺与奪の権限を握っている。身代金が用意されない場合には、一千万人の人質の中から1人を殺す』。
 このレトリックを考えた西村京太郎はすごい。……のだが、どのようにアイデアを思いついたのか、想像がついてしまうような気がする。犯罪関連の言葉を辞書で調べているうち、そこからアイデアを膨らませたのではないか、と。

 話は変わって掲題の色眼鏡である。これを広辞苑で調べると、以下の説明がなされている。

【いろ・めがね】
1 色つきガラスを用いた眼鏡。
2 転じて、先入見や感情に支配された観察。「人を──で見る」


 先入見という言葉が聞きなれないのでさらに調べると、先入観と同じとある。

【せんにゅう・かん】
初めに知ったことによって作り上げられた固定的な観念や見解。それが自由な思考を妨げる場合に言う。先入見。先入主。「──にとらわれない」


 たとえば、パッケージの絵を見た時に「このゲームはつまらなそう」と思うこと。これはまだ先入観ではない。実際に遊んでみた時、キャラクターに感情移入ができなかったり、どうにも乗り気にならなかった時、広辞苑が説明している通りの先入観となる。
 では、先入観を持つことが悪いかといえば、実はそんなことはない。たとえば『タクティクスオウガ』。ゲームスタート直後、ドットのキャラクターたちに従来ではありえなかった細かい動作をさせた。そして、プレイヤーに「このゲームは凄い!」と思わせることで、プレイヤーをゲームへ引きずり込んでいる。この時、プレイヤーはゲームに夢中になり、なおかつゲームへのめりこんでいるから、「自由な思考を妨げられている」と言えないこともない。が、それがゲームの目的であり、プレイヤー自身は楽しんでいるのだから、「いい意味で」先入観を利用していると言えるだろう。
 かように、ゲームの制作者は先入観を巧みに使いこなしている。では、プレイヤー自身は先入観を使いこなしているだろうか。残念ながら、そういう話はほとんど聞いたことがない。「面白そうと思って買ったのに、ハズレをつかまされた」とか、「キャラクターデザインが苦手で、ゲーム本編にもハマれなかった」とか、先入観が本来の意味で使用されているのが圧倒的だ。例外は、「つまらなそうだったけど、やってみたら面白かった」ということくらいだろう。だから、プレイヤー側から先入観をいい意味で使いこなすのは難しい。「このゲームは面白いのだ!」と思って遊んだとしても、つらくなったり、むなしさを覚えてしまうこともありうる。
 そこで、こういう先入観はどうだろうか。
「このゲームが楽しめないのは、自分の力が足りないのだ」。
 どのように考えようが先入観は先入観なのだから、自由な思考は妨げられてしまう。けれども、こういう先入観を持ってしまえば、「ゲームを面白く遊ぶ」という方向しか見えなくなるのだ。しかも、先入観がうまく働けば、「先入観って大事だよな」などと言えてしまう。これはなかなか言えるセリフではなく、それだけでも十分に価値があると思う。

 競馬ファンにはおなじみの、シャドーロールというマスク上の馬具がある。サラブレッドの視野を狭め、集中力を高める効果があるという。
シャドーロール(アイネスフウジン)
 これは、いい意味での「色眼鏡」そのものである。我々ゲーマーもゲームにかぶりつくための様々な色眼鏡を用意し、ゲームを面白くするための先入観に磨きをかけていきたいものだ。
 ちなみに、冒頭の一千万人を人質にした犯人は、十津川警部補の作戦にはめられて自滅する。先入観に縛られ、自滅してゲームが嫌いになっては元も子もない。まずは、青赤メガネこと「とびだせメガネ」をかけるあたりから始めるのがよさそうだ。

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