「全ファミ。」ブログ編

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ゲームを初めて遊ぶ時にしか出来ない三つの遊びかた

 さっそくの一発目は、「取説を読まないで始める」。ファミコン世代は読むほうが少ないでしょうけど、知らないままゲームを進めようという話です。ゲームを知ってから説明書を読んでも、例外を除いてあんまり面白くないですからね。
 さておき、ゲームシステムが複雑になればなるほど、説明書を読まない楽しさがじわじわと出てきます。なにしろ、「基本操作を探し出す」楽しさは制作者も念頭に入れていませんからね。行き詰まろうが苦労しようが愕然としようが、全て自己責任! そのいさぎよさがたまりません。
 んで、たまにいるんですよね。基本的な操作や仕様を知らないでクリアしちゃう人が(私ですな)。それがお助け仕様だったりするとたまりません。ずっとヘルプなしのゲームバランスで遊んでしまったわけですから、次から普通に遊ぶと物足りなくなってしまうというわけです。
 一方で、操作方法や仕様を無視して進めるということは、制作者が用意した最低限の庇護を受けないということを意味しています。そのため、複雑なゲームシステムであればあるほど、プレイヤーの応用力や調査力といった考える力が否応なしに鍛えられます。何しろ自分で調べて理解しなければ、操作すらままならないわけですから。流行り言葉で言えば地頭力ですね。このやりかた、ゲーム脳を唱える人に教えてあげたいものです。何なら脳波の一つもはかってもらっていいくらいです。
 それに、制作者が想定していない、全く新しい遊びかたを開発する可能性もあります。ゲームから違う楽しさを引き出すことにもつながっていくわけですね。「制作者に遊ばされるのは嫌だ」「ゲームの面白さを引き出すのは自分でやりたい」と思うかたには最適な遊びかたと言えるでしょう。25歳以上のお姉さんゲーマーも大納得です。
 ただ一つ残念なのは、最近、ゲームスタート時に、懇切丁寧に操作方法や仕様を教えてくれるゲームが増えたことです。自分もゲームを作る側にいた分、それは不可欠であることは承知してるんですよ。チュートリアルを読んでもらう難しさも。それでも、説明っぽい台詞を察知した時、ボタン連打で飛ばしちゃいます。ゲームやってる時まで教えてもらわなくて結構! 教わるのは学生時代に卒業しとる! などと反発してしまうんですよね(ろくに教わってませんが)。それでもしつこく続くと、萎えて投げ出してしまったり。ま、ただのガキですな、うはは。

 さて、二つ目は、「攻略本、攻略サイトを見ない」ことです。二回目や三回目になめるようにくまなく見て、ゲームを深く深く遊びこむのはもちろんありですよ。しかし、一回目くらいは見ないで進めましょう。いったん「見ないでクリアする!」と決めてしまえば、ゲームに行き詰まってもなんとかしようと必死になります。それが狙いなんですね。解けない謎や倒せない敵を前にして、なげき、ひらめき、いきどおる。後でプレイを振り返った時、ゲームだけでなく、そういう自分自身の心の動きさえもいい思い出になるはずです。友人同士の笑い話にさえなることでしょう。
 また、攻略サイトであれ、攻略本であれ、「ゲームを攻略する」ための媒体であって、「ゲームをより楽しむ」ためのものではありません。もちろん、そういう性質を持つものもありますよ。読み手がクリアしている前提で深く深く分析している本もあるくらいですから。それはそれでもちろんありです。ただ、なんにせよ、「書かれたとおりにゲームを攻略」したら、ゲームが本来持っている面白さのポテンシャルを引き出せていないように思うんですね。
「攻略本を見ないとわからないような隠し要素が嫌だ」なんて話はよく聞きます。けれども、見なければ知りようがありませんから安心です。もし知ってしまったら、今度は意地の出番です。ゲーマーの意地で、隠し要素を上回る楽しさをゲームから引き出してしまいましょう。

 最後の三つ目は、「難易度最高で始める」。自分の話をしますと、ゲーセンで絶望的なまでに実力差のある相手と対戦するの、けっこう好きなんです。自分が何をやってもボロカスにされて、でも自分の闘いかたで勝ちたい。せめて一矢だけでも報いたい。そういう戦いにゲーマーとしての喜びを見出だしてしまうんですよね。かつて、前作の強いデータで始めることを前提でゲームバランスが取られている『ダンジョンマスター カオスの逆襲』を、初期レベルから挑戦するなんていう企画をやっているゲーム雑誌がありました。休刊になってしまったログインがそうです。そういう無謀な、けれどもそれをやり遂げていた姿に、バカだなぁ、かっこいいなぁと思ってしまいましてね。そういうところに感化されて、当たって砕けろ的な遊びかたに惹かれてしまうのかもしれません。
 ただ、難易度最高というのは、単に難しいというだけじゃないんです。この難易度はどうよ? という「制作者からの挑戦状」でもあります。そこにずぶの素人がいきなり挑戦するわけですから、負けるのが当たり前。玉砕して当然で、ビギナーズラックなんて一切ない世界です。けれども、何度も跳ね返され押しつぶされる中で、そこから1ミリずつはい上がっていき、少しずつ立ち向かえるようになっていく喜び。それは並大抵なものじゃありません。普通にプレイしていたら絶対に味わえない喜びですし、ゲームに慣れた後ではやっぱり味わうことのできない醍醐味なのです。
 よく出来たゲームの、磨き抜かれたバランス調整に酔いしれる。最高です。昼夜を忘れてのめりこんでしまうことでしょう。けれども、ゲームになれることも段階を踏むこともありとあらゆるゲームバランスもすっ飛ばして、いきなり最高峰に挑む。エクセレントじゃないですか。高い壁ほど乗り越え甲斐があるってもんです。エベレストに登るわけでなし、死にやしません。熱くなるのもよし、無理を悟って笑うもよし。ゲームの遊びかたも入り口も、一つじゃないんです。

 ゲームを初めて遊ぶ時にしか楽しめない三つの遊びかた。みなさんはどれをやりますか?

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